農を活かした新たなライフスタイルを考える ― 地産官学連携の取り組みを通じて 生活科学部 現代生活学科 准教授 野津喬 これまで都市と農業・農村の関係がどのように変化してきたか、そして今後の展望として都市と農業・農村の関係について、二項対立的な捉え方ではない「生活者視点」の重要性、そして「農を活かした新たなライフスタイル」の可能性について、実践女子大学現代生活学科で実施している地産官学連携の取り組みを題材として考えます。 農業・農村「から」都市へ ― 産業政策の視点から― 都市「から」農業・農村へ ―地域政策の視点から 「農業生産の効率化・低コスト化」を推進する政策は、「産業」としての農業を維持するための方策とはなりえても、「地域」としての農村を維持するための方策とは必ずしもなりえませんでした。 国は、「都市・農村交流」の取り組みを推進しています(図4)。これは農業・農村が持つ地域資源に魅力を感じる都市のヒトを主なターゲットとし、グリーン・ツーリズムなどの農村での一時滞在型の観光から、二地域居住型、定住型までを含む多様な形態によって、都市「から」農業・農村にヒトの流れを呼び戻そうとする取り組みです。 六次産業化の取り組みは農業の多角化、収益力の向上という「産業政策」の文脈で捉えられることも多いですが、筆者としてはむしろ、農業・農村「から」都市への外部化を進めてきた「シゴト」を再び、都市「から」農業・農村に呼び戻すという地域政策的な視点が重要だと考えています。 都市「の」農業・農村、農業・農村「の」都市 ―新たな生活者政策の可能性― 都市と農業・農村の関係を捉え直す 近年、都市部の住民を中心として食や農業・農村への関心度が高まりつつあります。子どもたちに農山漁村地域での人々との交流や自然とふれあう機会を提供する体験学習が必要だと考える人の割合は、十年前と比較して大幅に増加しています 食料の生産現場から消費者までをつなぐフードチェーンが高度化・複雑化することによって「食のブラックボックス化」が急激に進む中で、食の源である農業・農村が都市において見えづらくなっていることへの漠然とした不安、裏を返せば都市「の」中に農業・農村的要素を取り戻すことの必要性、重要性を感じる人が増えている一つの現れとも言えるでしょう。 新たな生活者政策視点の重要性 農業・農村と都市(消費者)を別々の対象として、それぞれに「農業・農村政策」、「消費者政策」という縦割りの政策を実施するのではなく、今後は生活者の視点からこれらの課題を総合的、横断的に捉える「生活者政策」の推進が重要だと考えています 地域住民、行政、産業、大学による 対話型公開市民講座 (一)現代生活学科の学びのアプローチ 農林水産省関東農政局農村振興課の三善浩二課長から、「都市農業の新たな展開と可能性」 都市における農業は新鮮で安全な農産物の供給だけでなく、身近な農業体 験・交流活動の場の提供、災害時の防災空間の確保、やすらぎや潤いをもたらす緑地空間の提供、都市住民の農業への理解の醸成といった多様な役割を果たして いる 植物工場や再生可能エネルギーなど、都市的な新たな工業技術が農業の分野に応用されている JA東京みなみ日野七生地区 指導経済課の明石幹生課長から、「日野農業の現状と課題」 日野市の農業の現状、今後の日野市農業の課題 「安心して農業のできる環境づくり」、「農業の担い手と仲間づくり」、「市民と農家との交流・体験づくり」 JA東京みなみ野菜部会連絡協議会の顧問,小林和男 農作業体験の場「魅せる農業」を目指すため体験農園 ゲストからの話題提供を踏まえた参加者によるワールドカフェでは、地域住民、産官のゲスト、そして本学の学生と教員が入り交じり、三~四人ずつの小グループに分かれて「『農を活かした新たなライフスタイル』、実現するためにやってみたら? こんなこと」というテーマでディスカッションを行いました。 「農作業着や市場など、農業が関わるものに『おしゃれ』を取り入れる」、「規格外の野菜・果物を加工したフレッシュジューススタンドを設置する」、「生産から食べるところまでを体験できる農業テーマパークを開設する」 現代生活学科として初めて開催した今回の公開市民講座は、本学科の主要な三つのフィールドのうちの二つ「環境」、「自立社会」に関係する「農を活かした新たなライフスタイルを考える」をテーマとして、女子大生、地域住民、行政、産業という多様な参加者による「参加型・対話型」のスタイルにより実施しました。この講座によって地産官学の多様な関係者が、都市と農業・農村の関係について二項対立的な捉え方ではない新しいあり方を考えるきっかけ作りが出来たのではないかと考えています。 一方で、都市と農業・農村のあり方を捉え直す取り組みはまだ緒に就いたばかりです。参加者からは、―― 関心のある内容だったので大変良かった。続けて いただきたい!(五十代男性)―― 新しいディスカッション形式が興味深かった。このテーマを連続シリーズにしてほしいです。(三十代男性)―― とても良い機会だった。様々なアイディアを実現するために次のステップに進んでいきたい。(三十代男性)等の意見も寄せられています。筆者、また本学科としては今回の公開市民講座を単発のイベントとして終わらせることなく、地域住民、行政、産業界との協働をさらに深化させ、地産官学連携の取り組みを推進していく考えです。