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カッシーニと日本史とボイジャー

2017/09/15 8:23 に ユーザー不明 が投稿   [ 2017/09/15 9:35 に更新しました ]
無人探査機カッシーニは9/15の夜、土星の大気に突入して燃え尽き、20年に及んだ任務を終えたという。
土星まで計画的に衛星が飛んで行き、遥か宇宙空間にも関わらず映像を送ってくることも驚きだが、個人的には「20年の任務を終えた」という言葉に哀愁を感じずにはいられない。

思えば、小学生の頃に「地球」という図鑑を買い与えられたのが宇宙との最初の関わりであったように思う。
その後に買ってもらった「宇宙」の図鑑とともに毎日眺めていたことを思い出す。
その後は親戚の家にあった日本史の図鑑を読み漁ることになるのだが。。

結果として宇宙も日本史も生業にはできなかったが、趣味として続いたのも良かったと思う。
どちらも多感な高校~大学生の頃は遠ざかっていた。

しかし30代になった頃、学会発表で北九州に行った際に何か焦っていたのか早く着いてしまい、現地で時間が空いてしまったことがあった。
せっかく遠くまで来たのだから何か見学してみようと思いマップを広げた所、小倉城という字が目に入った。
23区内出身のためか郷土史という概念に乏しく、日本史と言えば授業で習った知識程度だった自分には小倉城の見学は衝撃的だった。
江戸時代はその地域の殿様がいたりその地域特有の歴史がある、という当たり前のことに気が付いたのだ。

それから何かの折に触れて日本各地の城や歴史博物館を渡り歩いた。
その地域のそれぞれの歴史があることが、真綿が水を吸うかのように染み入っていった。

それに比べると「宇宙」からは遠ざかっていた。2014年に幕張で開催された宇宙博がそのきっかけである。
その時、子供の頃に憧れたアポロ計画などの宇宙計画の詳細とともに、宇宙天気予報という展示があった。

環境の授業では地球の生い立ちや大気圏について説明するが、その際に「宇宙」が関わってくることになる。
特にオーロラの発光から電磁波の説明につなげるが、オーロラの原因は太陽風であるという説明も欠かせない。
最近、太陽風はニュースにも取り上げられているが、私自身は上記の宇宙天気予報の展示を目にするまで太陽風の存在を知らなかった。
意外な所で役立つ知識もある。

カッシーニより先に木星付近を通過した人工衛星があった。ボイジャー計画である。
ボイジャー1号、2号はすでに40年も飛行し続けていることに驚いた。
ボイジャー1号は2015年には太陽から約195億km離れたところを太陽との相対速度で時速6万kmで飛行中であるという。
さらに驚くべきことには、2012年8月25日に太陽系を出ていたことが1年後に発表されたようだ。
ボイジャー2号がほかの恒星に接近するのは今から約4万年後だそうだ。

単純に考えれば4世代で100年間としても、4万年もの間には1600世代後ということになる。
ボイジャーには地球の音というレコードが搭載されているらしい。
この記録を別の生命が目にする頃には人類は果たして。

もとよりボイジャーが宇宙に飛び立ったころ、自分はまだ小学生であった。
40年も宇宙空間を飛行していることにも驚くが、PCもIT端末も一般に普及していなかった頃にこれだけの人工衛星を飛ばせたことにも驚きを隠せない。
宇宙空間を考えると日頃の喜怒哀楽などの小ささに気が付くが、やはり今を生きる上では日頃の喜怒哀楽を無視できるほど器が大きくない。
しかし、たまに宇宙のスケールに接することも大切だと思う。

そしてボイジャーと言えば、ユーミンの同名の曲が脳裏に流れて、何でもできそうな気がした大らかだったあの頃を思い出してしまう世代でもある。
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